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沖縄/与那国島「海底都市」驚異の偉容
2008/11/28 12:05

与那国島「海底都市」驚異の偉容

最新鋭の水中ロボットが海底に眠る巨大遺構に新たな光を投げかけた。海中ピラミッドの周囲に横たわる石組みは果たして?!

「沖縄の海底遺跡を人工物ではなく、自然にできたものであると批判する人たちは、実際に潜水して調査したわけではないのです」
沖縄海底遺跡研究の第一人者、琉球大学の木村政昭教授はこう語る。

批判する人たちの意見のほとんどは次のようなものだという。
「この遺跡もどきの形態を見ると、極めて不規則であり、人間による建造物のほとんどに付随する対称的な構造が存在しない。直線構造があちこちに見られ、部分的には人工物であるような雰囲気があるが、全体の構造としてはあまりにも不規則である」

批判派が指摘するように、与那国島沖の海底遺跡は対称的な構造ではなく、そこに偶然あった岩を適当に削ったのではないかと思われるほど不格好な遺跡である。

だが、世界各地に目を向ければ、この遺跡同様、一見でたらめな印象の遺跡は少なくない。
例えば、南米ペルーのクスコ近郊にある「サクサイワマン遺跡」は、沖縄海底遺跡に酷似しており、その姿はジグザグの石組みが連なったような構造物だ。また、「オリャンタイタンボ遺跡」は人が登れないような大きな階段で構成されている。さらに、空中都市として有名な「マチュピチュ遺跡」の全体が不規則で、石組みも沖縄海底遺跡と共通する部分が多い。

このように、世界には対称的な構造の遺跡だけでなく、非対称的な形の遺跡も少なくない。それゆえ、いくら沖縄海底遺跡が構造的に不規則だからといって、人工物ではないと決めつけるのはいささか早計ではないだろうか。

さらに、前出・木村教授の水中ロボットによる調査により、自然現象でできたとは考えづらい箇所が、続々と発見されているのだ。

まず、自然には形成されにくい平坦なテラスや、階段状地形が数多く確認された。テラスや階段状地形の線は直線的で、壁面は垂直に近い。

もしも岩石が自然にはがれたとしたら、広い平坦面ができるのはおかしい。また、直線的に10m以上の長さをもつ階段状地形ができることは、なおさら考えられない。

遺跡周辺には、落ちた石片に打撃した跡が認められる。削られ方は一様で、深度によっての変化はない。自然現象によって岩石がずり落ちたとすれば、それらの破片が海底に積み重なって落ちているはずだが、それは見られず、きれいに片づけられている。

最近の調査では、海底遺跡の表面にくさび穴を使った跡も見つかった。ロート状の凹みが約30cm間隔で70個ほど並んでいるのだ。

このような痕跡は海底遺跡だけでなく、沖縄本島港川の石切場にも残っている。自然の大岩や岩盤を成型加工する技術は、古今東西変わっていない。一定間隔にくさび穴を開け、そこに力を加えて岩を切り裂くのだ。

さらに、2002年2〜3月に木村教授が調査した結果、次のようなことがわかった。
第一に、敷石と判別される石がいくつも発見されたことである。これらの石は平べったい形をしてるものが多く、意図的にこのような形を選んだのではないかと思われる。

第二は、遺跡ポイントの南に古代都市をほうふつさせる造形物が次々と見つかったのだ。
まず、遺跡ポイントの東500mの場所に円形の「スタジアム」が確認された。これは人が座るのに適した高さの階段構造があって、集会や儀式が行われていたと想像される。

西へ向かうと川の跡と思われる砂地がある。東には、高さ8mほどの「人面像」があり、目の部分の中心には瞳が彫刻されている。ちょうど、イースター島のモアイ像のような感じだ。

スタジアムの南西には巨大な六角柱が横たわっており、そのすぐ近くにトーテム(大円柱)がある。
遺跡ポイントを囲むような形で点在するのは、ふたつ石とアーチ門、トーテム、中城。これらは、この一帯が広範囲にわたる市街地のような区画であったことを示唆していると考えられる。

また、遺跡ポイントでは当時の人々が使っていたと思われる物品も発見されている。
以前、紹介した動物のレリーフを彫った岩のほか、石器も出土した。この石器は遺跡ポイント南の水深15mほどの場所で発見され、石斧も同じく水深約10mの海底から見つかっている。

遺跡ポイント南側のループ道路のあたりで、線刻石板も得られた。縦約25cm、横約16cm、厚さ約2cmの平らな石で、表面には「+」「V」字型の彫り込みと、ふたつの丸い穴とくぼみがある。

さらに、海底遺跡ポイントの岩盤に「U」字型、あるいは「V」字型の人工的な線刻状の凹みもいくつか発見されている。いずれも20〜30cmぐらいの大きさだ。岩盤が硬いため、海洋生物によって残されたものではなく、人工的に造られた可能性は高い。

与那国島では明治まで「カイダー文字」と呼ばれる象形文字を使っていた。海底遺跡の岩盤には、この文字ではないかと思われる線が彫り込まれている。動物を意味する文字だが、何のために彫られたのかは、いまだに不明である。

日本では漢字が中国から輸入される以前「神代文字」という独特な形の文字が使われていたといわれている。
神代文字の中に「サンカ文字」「豊国文字」があるが、これは「カイダー文字」とよく似ているのだ。

神代文字に関しては、その存在さえ認めない人も少なくないが、沖縄海底遺跡でこれらの文字に似たものが発見されたことは、漢字以前に日本で独自の文字が発達していた新たな証拠になるとも考えられるのだ。

沖縄海底遺跡には、まだ解明すべき問題は多い。そのひとつが、この遺跡は何なのかという最も基本的な問題だ。

階段式ピラミッドとの類似点

グスク説、神殿説、ピラミッド説などがあるが、今のところ、ピラミッドである可能性は大きい。
みなさんは、ピラミッドといえば四角錐に尖ったピラミッドを思い起こすのではなかろうか。

だが、エジプトには100基近いピラミッドがあるが、先端がとがったピラミッドは、メンカウラー王、カフラー王、クフ王の3大ピラミッドだけなのである。

それ以外は、エジプトのサッカラにあるような階段式のピラミッドがほとんどで、3大ピラミッドはむしろ例外的な存在なのだ。

では、ピラミッドの定義とは何なのか?

歴史作家の鈴木旭氏著『日本に甦る失われたムー文明の刻印』(日本文芸社)によれば、太平洋を取り囲む国々や島々にあるピラミッドは、山頂部が平らになっており、そこに神の座があり、下から登って行く階段がついている。

つまり、古代の遺跡であること、山岳遺跡であること、祭祀遺跡であることの条件を満たしていれば、ピラミッドであるという。

沖縄海底遺跡には「太陽石」と呼ばれる御神体があるほか、「ドルメン(支柱石)」も発見されていることから、海底遺跡が階段式ピラミッドである可能性は高いのだ。

また、太陽石の存在は、ムー大陸で行われていたという太陽信仰にも通じることから、この海底遺跡がムー文明と何らかの関係があることが読み取れるのである。

【2004年4月13日】

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